世の中には信じられない

世の中には信じられない体験をしたと言う人が時々いる。お化けを見た、死後の世界に行った、宇宙人を見たとか色々ある。体験と言うには、その後実生活に戻りそれを回想する生身の自分がいなければならない。回想してまたこわがったり、くやしがったり、それも体験である。

京都に住む従妹から、その小包が届いたのは半年ほど前だった。包みを開けてる最中に彼女から国際電話があり、「そこに入ってる草木染めの袋はね、袋作り方教室をやってる私の友達が作ったの。京都の山奥で摘んだハーブの汁で染めた麻布でね。世界に一つしかないんだから、大事にしてね」と念をおされた。見るとお茶や海苔、ドライフードの上にえんじ色の楕円形をした、大き目の袋が二つ折りにして入れてある。全体に金糸の刺繍がほどこされ、従妹は麻布と言ったがどこか絹の肌触りで、底のない巾着バックと言った感じ。口を緒でしぼるようになっており、その緒についた青いボンボンが愛らしい。インドあたりの蚤の市にでもありそうなエキゾチックな郷愁があり、一目で気に入った。なにしろ世界に一つしかない物。京都の山奥でハーブをつむ従妹の友達の背中を思い描き、遠いアメリカから片手で礼を言った。

ところがばかばかしい事に、一週間後それを盗まれた。盗まれたというべきか。ショッピングモールをぶらつき、事のついでにフードコートでピザを食べた時、椅子の背にかけたその袋をすっかり忘れ帰ってしまった。二十分後に戻ったが後のまつり。だがそれから一か月程して、その袋が同じモールを歩いていたのには驚いた。正確には歩いているヒスパニックの女性の肩に下がっていたのだが。誘拐された娘を雑踏の中に発見したような極度の興奮におそわれ、彼女の後肩をたたくと振り向きざま「アマゾンで買った!」と恐ろしい形相で言われた。「それはどこで買ったんですか?」と言う私の問いが終わらないうちの、たたみかけるような返答にこちらも気が失せた。幸か不幸か私は物への執着が非常に淡白で、自分の物が誰かの手に渡れば、即、その物と縁を切る心構えが出来ている。これが功を奏したのかその布ぶくろとまた再会するはめになった。

People eating in a food court in a shopping mall.

私の行きつけのヘアーサロンは、ドアを開けるとすぐブティックになっており、その奥の両脇にスタイリスト達が立ち働いている。このブティックとサロンの真ん中あたりに、順番待ちの人のためのソファがある。そのそばのマガジンラックの中に何と袋があったのだ。それは確かに世界に一つしかない、私の物であるに違いない。ヒスパニックの女性に会った後アマゾンで検索してみたが、結局そこにはないのだから。突然の邂逅にたじろぐ私に、袋がニヤリと笑い、中からニュッと白い手を出し私の手首をつかむ、そんな気色の悪さだった。スタイリストに聞くと、客の忘れ物で取りに来るまでああして置くのだと言う。物への執着はない私だが、失くしたものを思いやるのは良くやる事だから、実は今まで誘拐された娘の暮らしをあれこれ思い描くような事を、袋にして来た。それが念力となり?内界の刺激を受ける体験となった?こんなこじつけをしても、袋のここまでの足取りを考えると無理話だ。あまりの気味の悪さに、チップもそこそこに袋に別れをつげ帰った。

この街には数件、寿司屋がある。どれも怪しげな店で、天井に大小のマグロの複製が飾ってあったり、太巻きが紙のように薄かったりと、度肝を抜かれる。私の行きつけの店もそんなものだ。だがあまり文句も言えず久々に入口のドアを開けると、なんとレジの後の掲示板にあの袋が下がっている。ウエイターに聞くと客の忘れ物で、取りに来るまでああして下げて置くのだと言う。二度ある事は三度ある。こうなるともはや、袋と私の粘り勝ちだ。やれやれ世界に一つしかない物の怨念はすごい。

26515049 - japanese restaurant

 

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