「あれはおめかけさんの家よ」学校帰りの坂道で、カナが指さすその向こうに、金色の穂波が揺れる広い麦畑の向こうに、瓦ぶきの小さな平屋が見える。その庭の崖っぷちに真っ赤に熟した実が鈴なりの、トンボ柿の木が見えた。平屋よりもその柿の木に目を奪われたユミは、黙って柿の実を見つめた。秋の終わりのトンボ柿は、海に沈む直前の小さな真っ赤な太陽のように魅惑的で、手をのばせばポトンとてのひらに、落ちてきそうだった。おめかけさんの家よりも、柿の色に気を取られていたユミに「おめかけさんは顔のここに、大きなあざがあるんだって」とカナが自分の右ほほに人差し指で円を描き「でもだんなさんはめくらだからそれが見えないんだって。おめかけさんはだんなさんをだまくらかしてるのよ」と口早につけ足した。学校帰りの小学二年生の話にしてはちとやばすぎるが、ユミはそんな事には無頓着である。そのおめかけにアザがあると言うのは、この辺では有名な話だった。でも誰もその女の人を近くで見たものはいない。女の人はつい最近越してきたばかりで、めったに家の外には出ない。「おめかけさんにアザなんかないよ」とユミが言えば、カナはびっくりするだろう。「あたしお妾さんに柿をご馳走になったから、どんな顔だか見たもん」と言えばもっとびっくりするだろう。二人はそれから黙って歩き、カナの家の前で別れた。風がざわざわと頭上で鳴り、黄色いイチョウの葉が数枚、路上に落ちた。首のあたりが寒くなりユミは背中を少しちぢめた。「あのおめかけさん、どうしてるかな」ユミは思った。

