あれはおめかけさんの家

「あれはおめかけさんの家よ」学校帰りの坂道で、カナが指さすその向こうに、金色の穂波が揺れる広い麦畑の向こうに、瓦ぶきの小さな平屋が見える。その庭の崖っぷちに真っ赤に熟した実が鈴なりの、トンボ柿の木が見えた。平屋よりもその柿の木に目を奪われたユミは、黙って柿の実を見つめた。秋の終わりのトンボ柿は、海に沈む直前の小さな真っ赤な太陽のように魅惑的で、手をのばせばポトンとてのひらに、落ちてきそうだった。おめかけさんの家よりも、柿の色に気を取られていたユミに「おめかけさんは顔のここに、大きなあざがあるんだって」とカナが自分の右ほほに人差し指で円を描き「でもだんなさんはめくらだからそれが見えないんだって。おめかけさんはだんなさんをだまくらかしてるのよ」と口早につけ足した。学校帰りの小学二年生の話にしてはちとやばすぎるが、ユミはそんな事には無頓着である。そのおめかけにアザがあると言うのは、この辺では有名な話だった。でも誰もその女の人を近くで見たものはいない。女の人はつい最近越してきたばかりで、めったに家の外には出ない。「おめかけさんにアザなんかないよ」とユミが言えば、カナはびっくりするだろう。「あたしお妾さんに柿をご馳走になったから、どんな顔だか見たもん」と言えばもっとびっくりするだろう。二人はそれから黙って歩き、カナの家の前で別れた。風がざわざわと頭上で鳴り、黄色いイチョウの葉が数枚、路上に落ちた。首のあたりが寒くなりユミは背中を少しちぢめた。「あのおめかけさん、どうしてるかな」ユミは思った。

Persimmon persimmon in blue sky

先週カナが学校を休んだ日、一人下校していたユミは、柿の魅力に負けておめかけさんの家を訪ね、玄関口で声を張り上げた。「ごめん下さーい!柿を一つくださーい!」奥から出てきて無表情だったおめかけさんの顔が、ぱっと明るくなった。「もちろん!一つでも二つでも幾らでも!」と言うと家の中に招き入れ、むいた柿を小さなグラスの皿に盛り、小さなフォークを添えてくれた。彼女は大きなお腹をもてあますように、ユミのそばのテーブルに寄りかかった。「赤ちゃんが生まれるんですか」ユミが真面目な顔で聞いた。「そうよ、今八ヶ月よ」「生まれたら赤ちゃん見に来ていいですか」彼女は笑いながら「どうぞどうぞ」と言った。帰りに柿を沢山くれたが由美は断った。母親にいつも、知らない人から物をもらってはいけないと言われたのを思い出したからだ。しかも母はお妾さんの事をひどく悪く言う。会った事もないのに。お妾さんはとても奇麗だった。顔にあざなどなかった。とても優しく毎日でも遊びに行きたい感じだった。

70121744 - persimmon fruit on rustic old wooden table

正月が明けしばらくした頃、母が夕食の食卓でみんなに告げた。「あの妾の赤ん坊が、死んで生まれたんだって。めくらの子供なんか産もうとするから、罰があたったんだよ」憎々しげに言った。お妾さんに会った事など、口が裂けても言えないとユミは思った。しばらくして、彼女は旦那さんと別れて遠くへ行ったと、町の人たちが噂した。

あれから一年過ぎた今でも時々ユミは、学校帰りにあの平屋を眺める。その庭の柿の木をも。そして舌の上でとろけるように甘かった、あの冷たく冷やした柿の味を思い出す。もう一度会いたいと心から思う

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