アリゾナの伯父の家に行くと

 アリゾナの伯父の家に行くと、いつもはちすずめが見られる。裏庭の水入れのそばで数秒、羽を微妙に動かすとスッとくちばしを入れ水を飲む。それからななめに飛翔し消え、またどこからともなく彼らはやって来る。羽をぱたぱた動かし空中で静止しているのもいる。「ここに来るといつも、沢山のはちすずめが見られて嬉しいわ。東京ではめったに見られないもの」パディオの椅子で母が伯父を見て言うと、彼は太った体を揺らし微笑んだ。母は黙って塩つきのマルガリータを口にする。伯父の特製だ。

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 僕の父は若い頃アリゾナから日本へ放浪し、そのまま母と結婚した。アイリッシュ系アメリカ人特有の彫の深い顔立ちで、背も高い彼に、面食いの母はいちころだった。だが薄っぺらな中身で母を絶望させるのに時間はかからず、今じゃ年取りそこねた美形中年のやさぐれ男、と母は思っている。もう五十なのに、いまだに女の尻を追いかけ定職につかない。僕たちの生活は微々たる祖父の遺産と、ギフトショップで働く母の給料でまかなう。父より五歳上の伯父は父とは正反対の男。温和で地道に人生を送り、妻を亡くし子供もいないが、一人でアメリカの中産階級を謳歌している。難を言えば、醜男、太っちょなところだ。そして母は彼に信頼に似た気持ちを寄せ、伯父は控えめな慕情を母に抱く。

 「ヘイ、ケビン、ちょっとトラックを貸してくれないか」近くのバーのハッピーアワーでしこたま飲んだ父が、酒の匂いをぷんぷんさせ帰って来るなり伯父に言った。「いいけど、何に使うんだ?」「これからマリと二人でグランドキャニオンに行く、いいだろう?」と今度は母を見た。酔っ払い運転で殺されてたまるもんですか、と母はもうそんな事は口にしない。毎日ハッピーアワーで酒をあおる彼を、ただにらみ返し黙り込む。離婚、離婚と騒ぎ立てていた母が、ある日突然黙り込むようになって、もう二年が経つ。父の顔をして伯父の性格を持つ僕は、母を気にかけながらもどうする事も出来ない。僕たちは、アリゾナに旅行に来て伯父の家に滞在し、だが母のだんまりであまり観光もできない。もともと観光などおよびじゃない父は、これ幸いとまたバーに出かける。伯父はそんな僕たちを見て、穏やかに微笑むだけだ。

 昨日の午後、裏庭で伯父が僕と母に切り出した。「すすむは高校を卒業したらどうするんだ、大学に行くのか?」母が祈るように僕を見た。「行きたいけどまだわからない」と僕は正直に答えた。「良かったらここに来ないか、近くにいい大学もある」母が歓喜の表情で、僕と伯父をかわるがわる見た。「でも学費が、、、、」と言わなくてもいい事を言う母に、僕は赤面した。「少しぐらいなら手伝ってもいい」伯父は寛大だった。こんな事を言う伯父は初めてだったが、彼が僕と一緒に母も来ることを望んでいるのは、分かり切った事だ。何事も人生に淡白な父は、離婚や別居など母の言いなりだから、母の決断ひとつでどうにでもなる。

 それから僕たちは、一週間ほどして東京に帰った。だが母はその話を、二度と口にはしなかった。母は伯父に抱かれる事を想像したのだろうか。醜男で汗臭い太っちょの彼に抱かれたのでは、興ざめだ。それに一日中はちすずめを見て暮らす恐ろしく退屈な日々は、想像しただけでぞっとする。僕は知っている、文学少女のなれの果てである母が、いまだにやくざな父に抱かれベッドの中では、気も狂わんばかりなのを。

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